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最高裁判所第二小法廷 昭和36年(オ)189号 判決

上告人 国

国代理人 青木義人 外三名

被上告人 西田米作

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人青木義人、同鰍沢健三、同中村盛雄、同八木正勝の上告理由第一点について。

論旨は、原判決が被上告人の過去一年間に受けた諸給与の総金額を基礎として同人の解雇期間中における賃金額を算定したことは、労働基準法一二条の適用を誤まつたものである、という。

しかし、本件出勤停止処分前の一年間において被上告人が受けた諸給与の総金額を基礎として算出した月平均賃金手取額二〇、八七七円をもつて上告人が被上告人に支払うべき賃金額の基準率とすることについては、一、二審を通じ上告人の認めて争わなかつたところであり、しかも上告人自身右の基準率により出勤停止期間中の休業手当を被上告人に支払つてきたことも、記録上明らかである。そしてかかる基準率によつて被解雇者の賃金額を算定することを違法となしえないことは、いうまでもない。

されば、原判決には所論の違法はなく、論旨は、採用のかぎりでない。

同第二点について。

論旨は、まず、被上告人が解雇期間内に他の職について平均賃金の六割以上の利益を得ているにかかわらず、原判決が上告人に対し被上告人の解雇期間中の賃金として平均賃金の六割に相当する賃金の支払を命じたことは、労働基準法二六条に違反する、と主張する。

しかし、労働基準法が休業期間中における労働者の最低生活を保障するため、使用者に対し平均賃金の六割以上の休業手当の支払を命じているのは、休業が使用者の責に帰すべき事由によるものであることに帰因しているのであつて、もとより使用者に対し無過失賠償責任を課したものではないから、当該休業が使用者の責に帰すべき事由によるものである限り、使用者は、所定の休業手当を支払うべき義務を負担し、所論のごとく、その期間内に労働者が他の職について平均賃金の六割以上の収入を得たことによつて当然にその支払を免かるべきいわれはない。論旨引用にかかる旧労働基準法施行規則一〇条削除の理由は、同条が平均賃金の六割という法の定めた最低限度以上の手当の支払を罰則や附加金をもつて強制することとなつて法律違反の疑があるということにあるのであつて、所論のごとく、休業期間中における労働者の収入の総額を平均賃金の六割の限度におさえんとする趣旨に出たものではない。従つて、これをもつて労働基準法二六条に関する前記解釈を左右するに足る資料とはなしえない、といわなければならない。

次に論旨は、本件のごとき解雇の場合には労働基準法二六条の適用がない、と主張する。

しかし、労働基準法二六条は、民法五三六条二項の特別規定であつて、労働者の労務の履行の提供を要せずして使用者に反対給付の責任を認めているものと解すべきであるから、休業と解雇とではその期間内に労働者が他の職につく自由の点において異なるところがあるとして、解雇の場合に労働基準法二六条の適用を香定せんとする論旨は、その理由がない。

されば、原判決が被上告人の解雇期間内に他の職について得た利益は上告人に償還すべきであると認めながら、その償還の限度を平均賃金の四割にとどめ、上告人に対し被上告人の解雇期間中の賃金として、平均賃金の六割相当の賃金の支払を命じたことは正当であつて、所論の違法はなく、論旨は、これと反する独自の見解に立脚して原判決を非難するに過ぎず、すべて採用しえない。

同第三点について。

論旨は、要するに、原判決が上告人の被上告人に支払うべき賃金手取総額から被上告人が解雇期間内に他の職について得た利益を控除するにあたり、その控除金額を賃金手取総額の四割にとどめて、これに対する公租、公課を控除しなかつたことは、労働基準法二六条、民法五三六条二項の解釈適用を誤まつたものである、という。

しかし、給与所得についての所得税その他の公租、公課の源泉徴収は、徴収義務者が給与所得者に代わつてその公租、公課を納入するためになされるものであるから、これを徴収しないで全額給与の支払をしたとしても、所得税法等違反の問題を生ずることがあるのは格別、私法上の権利関係に何等の消長をも来たすものではない、というべきである。

されば、原判決には所論の違法はなく、論旨は、その理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤田八郎 池田克 河村大助 奥野健一 山田作之助)

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